なぜ、植物図鑑か―中平卓馬映像論集 (ちくま学芸文庫)

60-70年代という時代背景のこともあってかかなりポレミックというかそういう印象を受ける文もありますが、中平卓馬の目指した方向は至って誠実かつ根源的なものでした。現代の写真家ではPenelope Umbricoや西野壮平と言った作家が中平の思考をさらに先鋭化された方向で推し進めていると言えるのでしょうか。「植物図鑑」という概念は写真家はもちろんデザイナーやアーティストにも共通の問題意識として言えることで、それはベンヤミンのいう「複製芸術」の問題、制作者や権力者による「芸術」の恣意的な政治利用や、多数の芸術作品から自然発生的に芽生える「権力」の問題にも関わってきます。この本の場合、撮影者の存在という一つの「写真の本質」というべきものに「言葉」で迫ろうとするあまり、またそこから遠ざかってしまうという、誠実さゆえの中平のジレンマもまた見てとれ、実際の写真（他のちくまの写真系の文庫本もそうだが、図版の印刷の質がよくないのが勿体無い)とともに見る、「言葉」と「イメージ」とのせめぎ合いもまた本書の見どころの一つです。写真家やクリエイターとは少し違う立場にいたためか、中平より醒めていて、またあちこちふわふわ飛び回っている、それゆえにこなれた印象のロラン・バルトの論文集「映像の修辞学」もまたちくま学芸文庫から出ており、本書と論点がかぶる所が多く、分量も多くはないので、ぜひ読み比べてはいかがでしょうか。また、人間社会の中での「芸術」作品とは一体なんなのかという問題にひとつの回答を全体で示したと思われる、パウル・クレーの「造形思考」もまた最近ちくま学芸文庫で刊行されたので併読をお勧めします。磯江毅といい、このスペインに関わる日本人の芸術家はこうも理知的で誠実で、素朴で、愚直で生真面目でした。この数多の年月のせめぎ合いの結晶が、後年の「ADIEU A X 」や「ドキュメンタリー」となります。それらの作品も踏まえて読むと感慨もひとしおです。